
9.『わたしたちが世界を変える日』2007年の新年早々、こんな記事を目にしました。 『オーストラリア、地球温暖化の進行速い=気象局(キャンベラ 3日 ロイター)』 大好きな国=オーストラリアのことなので少し調べてみると、自然破壊もずいぶん進んでいるようで、特に森林伐採においては、ヨーロッパ人の移住以来、オーストラリアの森林の半数と多雨林の75%が皆伐され、オールドグロス林の90%が伐採されてしまったとのこと。オールドグロス林とは日本でいうところの「原生林」とほぼ同じもので、樹齢200年から1,000年の樹林が大勢を占める、生態系として成熟した森林のことを言います。オーストラリアの森林には、多種多様な生物の半数以上(76%の植物、53%の陸上動物)が生息しています。 皆伐されたオールドグロス林を元の状態(例えば、同じくらい豊かな洞に生息する生物、枯れ木、倒木など)に戻すためは、1,500年から2,500年かかるそうです。破壊するのは簡単ですが、元に戻すのは不可能と言えるでしょう。 今こうしている間にも、毎年約20万ヘクタールの森林が伐採され続けています。これは、フットボール競技場の約10万個分に相当します。 では、そのオーストラリアの伐採された天然林はどうされるかというと、半分以上が木材のチップになっているのです。現在、600万トン以上の木材チップが、紙や段ボールを生産するために、毎年オーストラリアの天然林から日本へ輸出されており、大半は使い捨て!! 、にされています。【参考URL=紙と伐採〜オーストラリア】 普段わたしたちが何気なく使っている、ティッシュペーパーや段ボール箱なんかに、もう元に戻すことはできない、貴重な天然林が使われているなんて。。。わたしたち日本人も、大いに関与しています。 かつて行った西オーストラリアの南西部の森林地帯の風景が心によみがえってきます。巨木が立ち並ぶ森の木立の細い道に迷い込んだことがありました。立てられていたプレートを見ると、そこには「100
years Forest」とあります。見たこともないようなカラフルな尾の長い鳥などが飛び交う、その場所の荘厳な雰囲気から、(100年以上の樹木が占めている森なんだ。)とわかりました。 ただ一方、木材需要は、オールドグロス林を破壊することなく、植林でまかなうことができるともいわれています。すべてが破壊されつくす前に、せめてなんとかして、植林だけでまかなって欲しいものです。
ここで、1992年のブラジルのリオで開かれた国連の地球環境サミットで、カナダ人の12歳の少女が世界各国のリーダーたちを前に行った伝説のスピーチの一部をご紹介します。 「今日の私の話には、ウラもオモテもありません。なぜって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来のため。自分の未来を失うことは、選挙で負けたり、株で損したりするのとは、わけがちがうんですから。」 「こんな大変なことが、ものすごい勢いで起っているのに、私たち人間ときたら、まるでまだまだ余裕があるようなのんきな顔をしています。まだ子どもの私には、この危機を救うのに何をしたらいいのかはっきりわかりません。でも、あなた方大人にも知ってほしいんです。あなたがたも良い解決法なんてもっていないっていうことを。オゾン層に開いた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。死んだ川にどうやってサケを呼び戻すのか、あなたは知らないでしょう。絶滅した動物をどうやって生き返らせるのか、あなたは知らないでしょう。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのか、あなたは知らないでしょう。............どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのは、もうやめてください。」 「もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えば、この地球はすばらしい星になるでしょう。私はまだ子どもだけれど、このことを知っています。」 「あなたがた大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。あなたがた(大人)はいつも私たち(子ども)を愛しているといいます。...もしその言葉が本当なら、どうか、本当だということを行動でしめしてください。」 (『あなたが世界を変える日-12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ』 セヴァン・カリス=スズキ著 より) 今、わたしたちに何ができるのでしょうか? あきらめないで、まず、自分で考え、自分で決めて、行動しましょう。 あふれる情報をそのままに、まるごとすべて信じることなく、本当は何が起こっているのか、自分で感じてみましょう。 自分の感覚を信じましょう。 そして、自分が出来ることから始めてみましょう。 毎日毎瞬の積み重ねで、今この世界があるのですから!! |
8.あなたの「毎日毎秒」が、素晴らしいものでありますように!!ある85才の女性がつくった、一つの詩をご紹介します。。。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ![]() |
7.Yes, Peace and Love
エントランスから入るとすぐ、テロ対策のために、手荷物チェックを受けました。それからエレベーターで展望室に上ると、日本でもよくあるような観光客向けのフロアーがあり、ガラス張りの室内からマンハッタンの風景が見渡せる様になっていて、コインをいれて望遠鏡を覗くと、遥か遠くの光景まで眺めることができました。飲食コーナーもあり、アメリカンピザを片手にコーラを飲みながら、「ここはNYなんだ....!」と実感したのを覚えています。 その数日後、せっかく来たのだからと噴発してヘリコプターに乗って、夕方にマンハッタンの上空飛行を楽しみました。自由の女神やエンパイアーステイトビル、クライスラービルなどの建物が、夕日を反射しキラキラと輝いていました。そしてオレンジ色に染まるマンハッタンのにょきにょき伸びるビル群のなかで、やはり目をひいたのはツインタワービルでした。数年後、まさか飛行機があのビルに突撃しようとは、夢にも思えませんでした。そして、あの出来事から世界の何かが変わり、「テロとの戦い」が始まったのです。 90年代初めのパパ・ブッシュ大統領の時も、湾岸戦争が始まりました。テレビで空爆の様子が写し出される中、画像を何回も見ているうちに、それはあたかも映画のように思え、いつしかリアリティーを感じなくなってしまっていました。あの爆弾の下に人がいることを「想像」できなくなっていったのです。そんな中、ある友人が「何かしなくては。」と、自分の旧型ワーゲンビートルにカッティングシートで「Yes, Peace and Love」の文字を張り付け、ジョン・レノンの「イマジン」の音楽を繰り返し流しながら、原宿などの街中を車で走り回り始めました。。。ささやかな平和運動でしたが、その後まもなく、その湾岸戦争は終わりました。しかし、今はまた、別の戦争が続いています。
想像 してごらん 天国 なんてないってことを やってみると簡単なことだよね 下に 地獄 なんてものもない わたしたちの上にあるのは 空 だけ 想像 してみよう すべての人々が 今日のために 生きているってことを 想像 してごらん 国 なんてないってことを 難しいことじゃないよね そのために 殺したり死んだり することもなく 宗教 もないってこと 想像 してみよう すべての人々が 平和 に 人生を生きていることを 想像 してごらん 何も所有しないってことを きみにできるかな? どん欲や飢えは必要ない 人の友愛があればいい 想像 してみよう すべての人々が 世界を全部 分かち合っているってことを
きみは わたしが夢想家だって 言うかもしれないけど だけど わたしひとりだけではないはずさ いつかきみが 仲間に加わってくれればいいな そうすれば 世界
はきっとひとつになる |
6.シークレット・メッセージ
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5.お魚天国初めてシュノーケリングをした時、水中の美しさに驚かされました。同じ地球の上でも、海の中に広がっている世界は、陸上の「世の中」とは、全然違うものでした。その世界が観たくて、私はダイビングとはいかないまでも、何度もシュノーケリングを楽しんでいます。 その海に入ると、たくさんの色とりどりの魚たちが乱舞し、たわむれていました。透明度が高い海では、その姿がはっきり見えます。人が近づいても、たいして逃げようともしません。あまりにもたくさんの熱帯魚に出会える、まさに、そこはお魚天国です。 メキシコのユカタン半島の先端にあるリゾート地・カンクンの沖から、フェリーに乗って、目にも鮮やかな透明な水色=サイダー・ブルーの海を渡っていくと、小さな島「イスラ・ムヘーレス」に着きました。
魚たちの世界から戻って、椰子の木につられているハンモックに寝そべりながら、園内で演奏されるマリアッチを聞いていると、まだ水中にいるように、ユラユラと漂っているようでした。 この島にはその他にも、サメと一緒に泳げるビーチ、時期によってはウミガメの産卵を見ることが出来るウミガメ飼育施設トルトゥガス公園などがあり、また、人気のあるスウィム・ウィズ・ドルフィンも体験できます。 私たちは、陸上生物なので、地上での生活にとらわれていますが、地球は地上の世界だけではありません。海中の世界も同時に存在しているのです。さらに、陸と海の割合は、3:7なので、海の方が大きいのです。海は私たちにたくさんのものを惜しみなく与えてくれています。そして、世界を違った視点でとらえることも教えてくれるのです。 海中はまるで異次元スポットのようです。 海の中で生きられたら、どんなことになるのでしょうね。考えただけでも、ちょっとワクワクします。
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1.いきなりの初個展、はじめての油絵
それは初めて個展を開いた時のこと。。。
その頃、原宿の裏通りにある「HBギャラリー」という、イラストレーションを主に扱うギャラリーで働いていました。
ギャラリーのオープン時は誰にも知られていないスペースだったので、来る人もなく、毎日閑古鳥が鳴いている有り様。
そこで、担当者として、そんなギャラリーをなんとか盛り上げていこうと、企画展を組んだりし、積極的に、様々な作家にどんどん声をかけていったのです。そうこうしていくうちに、ギャラリーは、専門雑誌に取り上げられたり、人が人を呼んで、訪れる人も増え、知られるようになり、みるみるうちに輪が広がっていきました。
仕事が上手くいくにつれ、いつしか、それなりに充実した日々を過ごせるようになっていました。そんなある日、社長であり、現在イラストレーターとして活躍中の唐仁原教久氏が、スタッフに宣言しました。
「スタッフは個展をする人の気持ちがわかるために、自ら個展をすること!!」。
そして、私の意志などお構いなしに、個展のスケジュールが組まれてしまったのです。(いきなり、コ・テ・ン!?)どうしよう。。。
学生時代にイラストの仕事を若干したり、アクリル絵具で絵を描いたりしていたものの、美大を出たわけでもありません。
しかも、ギャラリーで展覧会をしていた人は、皆プロフェッショナルとして活動している人ばかりでした。
とまどいましたが、個展をせざるを得ない状況に変わりはなく、焦る気持ちばかりがつのり、精神的にどんどん追い込まれていきました。
期日がせまってきたある日、(どのような個展にしようか)と考えたあげく、ひらめいたのは『本物にしたい。せめて、画材だけでも・・・。そうだ、油絵にしよう!! 』、ということでした。
何かの本に書かれていた一節が、頭の中に繰り返し何度も浮かんできました。
【水彩は絵具を水で溶きます。油絵は絵具を油で溶けばいいのです・・・。】
さっそく、初心者向けの茶色い木の箱に入った油絵セットと、キャンバスを買ってきて、生まれてはじめて油絵を描きはじめました。
そうして、限られた時間の中で、試行錯誤しながらも、ようやく数点の絵が仕上がりました。艶やかで、乾きが遅く、重ね塗りが出来き、独特の気品を感じさせる油絵具は、意外にも、自分のフィーリングを表現するのに相性が良いようで、私はすっかり惚れ込んでしまいました。
とにかく、この出来事により、私は油絵具と出会い、長い年月に渡り、油絵を描くようになったのです。その初めての個展は、ギャラリーでお世話をさせていただいた作家の方々をはじめ、多くの人が身に来て下さって、思いのほか、盛況でした。
テーマも作風もまとまりがなく、作品に自信がなかった私は、恥ずかしいという思いと、ちょっとだけ晴れやかな気持ちが、交差していました。
さまざまな面で、個展を開く人の大変さが身に染みてわかりました。
けれど、一方で、それを上回る『表現をする喜び』も感じていました。個展の開催中、大学のゼミでお世話になったK教授が来て下さり、数日後に「絵を気に入ったから購入したい。」と仰って、売れることなど想定していなかった作品に、ご自分で値段をつけて購入して下さいました。
その絵は、はじめて描いた油彩の中でも、一番最初に出来上がった、感慨深い作品でした。
K教授は、お会いする度に「重からず、軽からず、あの絵はとても良い。」と、いつも何度も言って下さり、大学の研究室に飾って下さいました。
また、他に作品がもう1点、今では某雑誌の編集長をしておられるT氏が、「気持ちが和むから、部屋に飾りたい。」と、購入して下さいました。
結局、はじめての個展で2点の作品が売れたのです。思ってもみなかった出来事でした。
そして、これらのことが、自信がなかった私を励まし、何か気持ちがゆらぐたびに、今でも、遠くから照らす灯台のように、勇気づけてくれているのです。